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子孫?

 投稿者:三河の渡辺党  投稿日:2005年 3月16日(水)06時27分30秒
  <渡辺の姓を持つ娘様。
全国のほとんどの渡辺さんは、「三つ星一文字」を使用しているとの事です。というわけで中には、渡辺綱の直系の方もいると思います。すべての方が、「渡辺綱」の子孫とは考えにくいです。
 

渡辺源五郎正

 投稿者:三河の渡辺党  投稿日:2004年10月 1日(金)18時26分16秒
  我が家の開祖である渡辺源五郎正について調べています。なんでもいいので渡辺源五郎正に関する情報をよろしければ教えて下さい。  

子孫?

 投稿者:渡辺の姓を持つ娘  投稿日:2004年 9月19日(日)18時58分50秒
  初めまして。すみません、情報ではなく質問なのですが、全国の渡辺さんは皆、嵯峨源氏や渡辺綱の子孫なのですか?(配偶者はもちろん除いて)
私も渡辺で、家紋は三つ星一文字なのですが・・・どうなのでしょう?
それと、渡邊と渡邉はなにか違うのでしょうか?邊と邉の違いに意味はあるのでしょうか?質問ばかりで申し訳ありません。ご返答くださる方がいらっしゃいましたらお願いします。
 

子孫?

 投稿者:渡辺の姓をもつ娘  投稿日:2004年 9月19日(日)17時37分58秒
  初めまして。いきなり家紋のことが知りたくなり、いろいろなHPにいって調べたところ
渡辺の出は嵯峨源氏とかいろんなこと書いてあったのですが、全国にいる渡辺さんは皆、
その嵯峨源氏や半蔵の流れで子孫なのですか?ちなみに、私の家の家紋も三つ星一文字です。
 

“源氏”とは何か?〜国家神道を“原形”に戻す〜

 投稿者:森派  投稿日:2004年 9月11日(土)23時02分8秒
  以前“神の国”発言で非難された総理がおられたが、私は賛成の立場を取る。
それは、次のような理由からである。−−−

“源氏”とは、天皇(神)が下界(=日本の各地)をまとめるために“名代”として
使わした一族で、その中の大将(親)が『源氏長者』と言われるものである。
若干、意味合いが異なるが、キリスト教と比較して見ると分かりやすくなる。
つまり“天皇=God”“源氏長者=seraph”“源氏一族=angel”と置き換え
られるのである。ナンセンスと言って切り捨てることは簡単であるが、日本は長年
この“神話的システム”のもとに統治されて来たのである(*明治の元勲が歪めて
しまったが…)。たとえバカらしくても、この形は守って行くべきだと考える人
(=保守層)の意見にも、耳を傾けるべきではないだろうか。私は『源氏長者(*形式上
の日本〔=下界〕のトップ)』の復活を望みたい。これは形の上のことであるからして、
中身はこれから皆様も考えて頂きたく思う次第です。

                 *トビの趣旨から外れたことをお許し下さい。
 

歴史の流れに沿った日本のあるべき姿〜『源氏長者』の復活〜

 投稿者:一般の通りすがり  投稿日:2004年 8月25日(水)22時16分31秒
  拝啓

こちらの掲示板しか見ない人もいると思われますので、“嵯峨源氏さんの掲示板”に
書き込んだ内容を書き込ませていただきます。

最近、あるテレビ番組で“歴史から見た日本のあるべき姿”をテーマにしてありまし
たが、私は違った視点で述べて見ます。
『源氏長者』の復活を望んでいる人は、少なからず存在するものと思われます。そう
すると、天皇陛下の御公務は細分化されて源平(の末裔)に分担し、“長者”がその頂
点となります(*天皇陛下は別格)。この“長者”及び“源平(の末裔)”も敬うような
国策が取られていたならば、天皇陛下の戦争責任論は起こらず、さらに戦争さえも避
けられたのではないでしょうか。現在において、その政策を成功させるには、各都道
府県に『特区』を作ることが不可避です。また『源氏長者』は、慣習的に“村上源氏”
が就くことになっていましたが、開かれ,かつ流動性のある現在においては、各源氏,
さらに没落した源氏/平氏(の末裔)にまでチャンスを与え、その位は流動的であるべ
きだと思うのです。方法は、年に一度各源平(の末裔)の姫を担いだ“騎馬戦(各源平
間の混成部隊)”で、勝ち上がった組の代表同士で決めるイベント色の強いものが現
代に合っていて、その日を『源平の日』という祝日にする,というのも日本の歴史に
沿い、国民に受け入れられるはずです。“渡辺様”や“松浦様”が『嵯峨源氏』を代
表して他の“源平”に呼びかけ、政府や宮内庁に掛け合えば、本格的に検討せざるは
得ないはずです。いかがなものでしょうか。
 
                                   敬具
 

 投稿者:hofu_ayumu  投稿日:2004年 8月18日(水)14時57分52秒
  はじめまして、最近、先祖のことに興味を持ち調べていたのですが、
親族がなくなった際に一番年上のおじいさんに話を聞いた際、どうやら、渡辺綱の
子孫らしいということになりました。ヨリミツの次の代の人に謀反を起こしたため、
元金沢を越え、富山に隠れ住んでそこで土地を与えられ、定住したという話なんですが、
そのおじいさん曰く、「”戻り橋”で実際に斬ったのは人間の左腕でそれを誇らしげに飾っていた綱をおばあさんが厳しくいさめた」という裏話が載っている古い本が蔵にあるということですが、そんな話は聞いたことはありますか?
 

『天皇制』と“源平長者”〜源平の再興〜

 投稿者:一般の通りすがり  投稿日:2004年 7月18日(日)20時30分22秒
  拝啓

最近、NHKで『源氏長者』についての番組が放送されていましたが、日本の歴史の中で
“源氏”は重用されて来たのを再確認しました。そこで、浅学ながら皇室と切り離せない
“源平”は、現在ではどうあるべきか私見を述べさせていただきます。

皇室は“近親婚”で成り立っています。これは、いろんな意味でマズイのではないでしょ
うか。そういうわけからして、皇室に入る“第一候補群”として、源氏の中で最も血の遠
い“嵯峨源氏”から選んで行くようにしたらいいのではないかと思われます(*これに加
えて、東大卒で気品を備え、3代続けて〔*それ以前は問わない〕学者の家系なら、文句
なし)。また、本来でしたら“政・官・財”の要所は、“源平(の末裔)”が固めていなけ
ればなりませんが、民主主義のもとでは実力のある人がその役職に就くのは当然です。
しかし『天皇制』が存在する限りにおいては、形式的にでも“源平(の末裔)”は“天皇陛
下(皇室)”の次に位置付けなければ、日本国の形は示せないのではないでしょうか。この
ままでは“朝廷”の慣習は、民主主義の名目で破壊されてしまいます。そこで、“皇室”
と“源平(の末裔)”が生活を営む『特区』を作り、“現実離れした夢の世界(“日本の原
風景を想起させる部分〔*車の進入はできない〕”と“近代的設備を備えた部分〔*区画
整備がされている〕”を調和させる)”を築き上げて、国による『観光事業』にする要望
書を、大勢で政府や宮内庁にメールを出すのです。その観光事業とは、各源平(の末裔)が
独自の武具(家紋入り)をまとっての行進の儀式をしたり、商品(嵯峨源氏の饅頭・清和源
氏のお守り・村上源氏の陶器〔*各家の名前と家紋入り/安売りはしない〕,等)を販売し
たり、飽きられないように絶えず企画を出し続けなければなりません。実現までの手順は、
次の通りです。(1)“源平(の末裔)”を『官報』で呼びかけて、各源平ごとに区分けして
登録する(*資料がなくても信憑性がある場合は登録。女系は認めず。養子は各“源平間/
平家間”のみ容認。江戸時代の禄は少なくても、また“傍系”でも可。“(源平でない)大
名”や“(5期以上勤めた)総理大臣”の家系も『客人格』として参加可能)。(2)具体的
の内容(予算・場所・公務の内容,等)を協議して詰めていただく。(3)参加可能になった
家族から、住まいを移って行く。(4)実行。  

なお(書き込むべきかどうか迷いましたが)自分が有利に事を運ぼうと、自分が所属してい
る“源氏”の正統性(*政権を取れば、どの“源氏”も『正統』になれるものですが…)を
主張する人は、現在でも少なからず存在します(*下記ホームページの主。余談ですが、
加賀100万石の前田家の酒井美意子さんは、山県有朋・伊藤博文ら維新の功労者により華族
を“新華族(成り上がり組の華族)”と嫌悪しておられましたが、自身のご先祖様の利家公
以前は“不明”であることからして、皮肉である。また“豊臣秀吉”の生涯は、将棋で
“歩”が“龍”に成ったようなもので、朝廷の慣習上において反則をやらかしたようなも
のである)。こういう事実を考慮して、源平の姫を担いだ“騎馬戦”で、各源平間を勝ち
上がった代表同士(*ここから“(源平でない)大名”や“(5期以上勤めた)総理大臣”の
子孫が乱入する)で、その年の『源平長者』を決めるイベントを宮内庁に催していただき、
その日を『源平の日』という祝日にする,というのも面白いかもしれません。

みなさんも“源平(の末裔)”は、現在においてどうあるべきか考えてみませんか?
それとも、このまま時代に埋没して行くのを認めますか?

                                    敬具

http://www.interq.or.jp/venus/c-girl/index2/indexb.htm
 

三階菱

 投稿者:るり  投稿日:2004年 7月 5日(月)21時18分1秒
  京都出身(現住所は滋賀県)の渡辺です。
家紋のほうは三階菱に渡辺星です。
源融が大本?らしきことまではわかったのですが、どこの支流?からなのかはもっと調べてみないとわからない様子です。
母方の祖父の方のをたどっていくことになりますが……
相楽郡って誰が知ってるんだろうか……
 

先祖が知りたいです。

 投稿者:鬼追  投稿日:2004年 5月 3日(月)13時24分58秒
  はじめまして。鬼追といいます。
私の先祖が嵯峨源氏渡辺氏流とあるHPにあったのですが、どなたか詳細ご存知ないでしょうか。
ある本では渡辺競からはじまったと記載してあったのですが・・・
よろしくお願いします。
 

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